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2010年10月31日

脳内デフラグ

週末の48時間中、約40時間は寝ていました。

本当は良くないことだと分かっていて、本来なら土曜日の午前中から活動を始め、
やりたいことをこなしたかったのですが、自分の想像以上に疲れが溜まっていたみたいです。

久々に思いっきり寝まくり、ある程度脳内の『デフラグ』ができたようですので、これで暫くはやっていけそうです。

2010年10月24日

家族揃ってキツネに化かされたのだろうか

夕方の新宿。
雨を避けるように地下街を通過し、家族総出で家電量販店へ。
テレビ売り場で早速目的の機種を発見。30万円台前半の価格が提示されており、この量販店のWebストアよりも安い値段が出ている。今思えばここで店員に声を掛ければ良かったのだが、何故か上のフロアにある調理家電売り場に行き、炊飯器を購入し、ホットプレートは程良い大きさのものが無かったので購入をあきらめ、再度、テレビ売り場に戻ると、件のテレビの値札が40万近くになっているではないか!!
家電量販店では他店との競争の関係で、同じ日でも値段を変えることは良くあることだが、さすがに数万円のレベルで変更することはあり得ない。
30万円台の値札が剥がれ落ちているのではと思い、テレビの後ろを見てみるも、落ちてはいない。
慌ててiPadを取り出し、この店のWebストアで同商品のところを開くと、35万円を切る値段で表示されている。
店員に尋ねると、30万円台前半の値札のことは知らないと、予想通りの答え。今となっては携帯電話のカメラで撮影しておけば良かったと思ったが、後の祭り。水掛け論になってしまうので、Webストアの価格と比べて、この数万円の差という価格設定はいくらなんでも酷過ぎると値引きを要求。
最初は「Webと店舗では別系統なので…。」という常套句を並べていたが、
「場所のコストのことを考慮しても、そもそも同じ会社なのだし、商品は同じ所で保管してあるのだから、言い訳にしかならない。場所代を考えても、数万円の差はあまりに大き過ぎる。数万円安くなるのなら、この場で、この売り場のレジを通じてではなく、iPadから発注かけたっていいんだ。」
と主張し、辛うじてWebでの販売価格と同等にしてもらった…と思ったら、
「割引分をポイントで上乗せし、販売価格そのものは変えない」
という形にされてしまった。
「てっきり、購入価格を値引きしてもらえると思ったら、割引分をポイント還元するとはどう言うことだ!!そんな説明をされた覚えは無いよ!!」
と軽く(あくまで軽く)キレる(演技。あくまで演技)。

5年間の無料延長保証を付けるかどうかの問いに、どうするかを平方さんの両親に問うてみたが、ちょっとして思い出したのが、以前平方さんがこの店でエレクトロラクス(マニアックな選択だったよなぁ。今思えば。)の冷蔵庫の修理を頼んだ時のこと。
延長保証の対象だったため、量販店を通じてサポートの人を手配してもらったのだが、正確に言えばこの5年間の無料延長保証と言うシステムは、持ち運びが難しい大型の家電製品に限るなら、修理代金が無料になる訳ではない。
まず、修理をしてもらったら、自宅までやって来たサービスの人にひとまず修理代金を支払い、後日店舗の修理窓口へ修理代金の領収書を持参すると、修理代金分のポイントが還元されるという仕組みなのだ。この量販店では、その説明を積極的にやっていないのだ。
それを指摘すると、店員はしょんぼりし、両親は延長保証に入るのはやめたのだった。

いざ支払の段となり、SMBCのデビットカードを取りだす。
しかし、POSは承認を受け付けない。
まさかと思い、iPadでSMBCのWebにアクセスすると、衝撃の事実が!!

J-Debitと引き出しは1日50万円まで

先程の炊飯器が2万円ちょっと。テレビ+純正ラックシアターが約55万円。どう考えてもオーバーしている。
それでは、47万円をJ-Debitで支払い、残りの約7万円を現金かカードで支払いが出来るかを訊いてみたところ、それは出来ないとのこと。現金+カードという支払い方はOKなのに何故?

結局今回は商品を仮押さえすることとし、翌月曜日に全額を現金で支払うことにしたのである。

この店は、ロードサイドにあるような家電量販店と違い、品揃え・商品知識に関しては他を凌駕していると思い、PC用の精密ネジからデジタルカメラ、プラズマテレビに至るまで、店員がドン引くほどにポイントを溜めるほど購入しまくっていたのだが、初めて『ハズレ』に当たってしまった。
ましてや、素朴な疑問として、エコポイントの締切が迫っている今、一組の客にこれだけ時間をかけてしまっては、売れるものも売れないのでは?と感じたのは、平方さんの余計な心配だろうか。

あと、もしiPadを持っていなかったら…と思うと、ぞっとせずにはいられないのであった。
もっとも、そのiPadを購入したのもこの店なのだが。

2010年10月23日

半額以下になる前に

地上デジタル放送開始直前に購入した実家のテレビの画面下部が、ここ数ヶ月前からアホになってしまい、修理に出そうにも、

●メーカーがテレビ事業から撤退した
●修理するにしてもパネルごと交換しなければならないのでかなりのコストがかかると言われた
●デジタル化過渡期に購入したもののため、地上アナログ+BS/CS110°搭載という中途半端な構成で、地上デジタルを観るにはCATVのセットトップボックスにて対応しなければならなかった
●11月末までに新しいテレビを購入しないと『エコポイントの活用によるグリーン家電普及促進事業』で還付されるポイントが減少する

などの理由で、新しいテレビを購入することに。
ある程度の機種の目星を付けるため、現在日本で50インチ以上のテレビを販売しているメーカー(パナソニック・ソニー・シャープ・日立製作所・東芝・三菱電機)のカタログを持って実家に行く。
家族の要望は以下のとおり。

●50インチ以上
●LEDバックライト液晶を使用している(この段階でパナソニックと日立製作所が脱落)
●3Dは不要
●純正のシアターラックとHDMIで接続し、単一的な操作ができること(ここで三菱電機が脱落)

これらを勘案し、機種の目星を付け、明日は新宿の量販店に乗り込む。

2010年10月17日

お気に入りのうさちゃん抱いて今夜もオヤスミ♪

首都圏に住む母方の親戚と、伯父の親戚が集まり、7 回忌の場所は京浜急行久里浜線YRP野比駅からほど近い寺と墓地で営まれた。
勿論伯母の三兄弟、すなわち平方さんの従兄も来ている。
従兄の二人の娘(小学校5年生と3年生)は、有難いことに平方さんに懐いてくれる。
「ほらほら見て見て!!シンジローとヨコクメだよ!!」と言いながら携帯電話の画面を見せてきた。
「シンジローとヨコクメ?」
画面をよく見ると、曾祖父からの地盤を引き継いだ、地元選挙区の若き代議士と、同じ選挙区で出馬して敗れたものの、比例代表で復活当選した別の若き代議士と写っている姿が。この子たちにとって、彼等はタレントや芸人と同じ並びなのかもしれない。
まぁ、若い議員にとって、子供たちに人気があるのは先行投資の意味合いでは良いことなのかもしれない。この先十年二十年とやっていくのであれば、その頃には皆有権者になっているだろうし。

甲羅本店』での食事会を終え、当初予定に無かった二次会のカラオケに行くことに。
カラオケでは件の子たちが『けいおん!(!)』の歌を歌っている。
平方さんはアニメーションにはあまり詳しくなく、深夜にTVをつけると「あ~、やってるな~。」と思いながらBGM代わりに何かの作業をしながら見る程度なのだが、
「これって深夜にやってるやつじゃない?夜中に起きて観てるの?」
と訊くと、
「ううん。パパのPCからXXXXXXXXXX(自粛)して観ているの。」
「そ、そうなのか…。」最近の小学生はそんなことも知っているのか…。
深夜に放送されているアニメーションとはいえ、平方さんの知る限りではお子様が見て困るような内容ではないかと思われる(むしろ何故子供が観れる時間帯に設定しないのかが謎)し、小学生女子にウケそうな感じもするのだが…。
(この年齢の頃の女の子は、ちょっと年上の「おねえさん」を主人公にした漫画やアイドルに憧れを抱きがちである。そう言えば、平方さんが小学生の頃、同世代の女子は『おニャン子クラブ』に熱中したものだった。『セーラー服を脱がさないで』の歌詞の意味をちゃんと理解していなかったにもかかわらず。)

2010年10月16日

お前の愛した横須賀の海の優しさに抱かれて泣けばいいだろ

20101016.jpg亡くなった伯父の7回忌が翌17日に行なわれる関係で、前のりで三浦半島へ。
『城ヶ島京急ホテル』宿泊で『京急油壺マリンパーク』入場無料という特典があったので、折角だからということで行ってみることに。
水族館に行くのは何年振りだろう。
特筆すべきはイルカ・アシカショー。
ただ単にイルカやアシカが芸をするのではない。おそらく水族館のスタッフが喧々囂々頭をひねって作ったであろうストーリーにのっとって進行していくのだが、その中身が、イルカやアシカに爆弾を載せ、敵艦に体当たりさせる生物兵器として訓練する某国の軍隊と言う設定。勿論最後は『現場の判断で計画を中止し、責任者の大佐が軍を去る。』と言う形で決着するとはいえ、ちょっと驚愕。

城ヶ島は三浦半島南端にある小さな島で、有料の『城ヶ島大橋』で本土と繋がっている。
ホテルは島の西端に位置し、バスターミナルまでは通常の道幅なのだが、土産物屋あたりから急激に道が細くなる上、土産物屋が公道上に商品を陳列しまくっているため、車で通るのがやっと。
ジャッキー・チェンの映画だったら、狭い道を高速で走る車で商品が弾き飛ばされ、ぐちゃぐちゃになった店内で店の主人が手を広げるジェスチャーをすることになるぞ。

写真は部屋からの夕日。曇っているので、残念ながら富士山どころか江の島も見えず。
残念。

2010年10月14日

東京マラソン2011そのII~結果から言えば

結果から言えば、東京マラソン2011の抽選にはずれました。
その代わり、来年4月中旬に開催されるロンドンマラソンに出場したいのですよ。今年の5月4日に募集開始したものの、その日のうちに締め切ってしまったようで、旅行会社のサイトも見たのですが、ロンドンマラソンを扱っているところが見当たりません。困ったものです。

2010年10月11日

レッドアロー急停止

土日の疲れと、埼玉西武ライオンズのまさかの大失速でクライマックスシリーズ敗退で、第3戦を観ることが叶わなかったので、一日中寝ていました。
逆に、週末のリソースを他の事に使えると、良い方に頭を切り替え、春先までは行動していきたいと思います。
あと、シーズンオフ中の埼玉西武ライオンズの選手。ただ一人、石井一久を除いては今の選手はテレビ慣れしていない人が多いので、いい加減その辺も何とかしてもらいたいものです。プロ野球選手はスタジアムで野球をするだけではなく、スタジアムへお客さんに足を運んでもらえるよう、テレビなどのメディアに出演してプロモーションするのも大事な仕事の一つですから。

2010年10月10日

ホットドッグ

タイトルは別に、ソーセージを挟んだパンのことを意味しているのではない。
9 日の未明に実家で飼っていたポメラニアンが15年1ヶ月の生涯を閉じたのだった。
飼い始めた丁度その頃、平方さんは欧州をぶらぶらしていた時期であり、ひさびさに実家にやってきた平方さんに対し、『アタイよりあとにこの家にやって来たくせにデカい顔しやがって!!』と言わんばかりにキャンキャン吠えまくっていたものだった。
したがって、同じ屋根の下で暮らしていた時期は短く、妹たちと比べて多くの思い出がある訳ではなく、ましてや平方さん自身が『動物を飼うという行為』そのものがあまり好きではなかった事もあり、結局最後の最後まで、互いが互いの扱いに慣れていなかった部分は少なからずあったのだろうが、いざいなくなると、やはり寂しいものではある。

府中市に、ペットを荼毘に付してくれる寺院があるらしく、そこに家族揃って行くことに。おそらく平方さんの人生の中で、最初で最後の経験になるだろう。
取り敢えず、毛布に包まった亡骸を納めるのに、実家にあったオーブントースターの空き箱を使ったのだが、その空き箱に記されていたのが、

20101010.jpg
タイガーオーブントースター『やきたて』

正確に言うならば、『やくまえ』な状態だが、不謹慎ながら家族全員がツボにはまってしまい、ペットを亡くして悲しい気持ちになっている飼い主たちが沢山いる中で、必死に笑いをこらえていた。これがホントの『ホットドッグ』だ。

寺院の敷地内には火葬場まで備わっており、ペットの葬儀から火葬までワンストップでできる仕組みが確立していることに感心しつつ、荼毘に付している間、寺院の敷地内のペット霊園を歩いてみる。
中には、昨日の谷中霊園の新しい平方家の墓の敷地面積よりも大きく、立派な墓が沢山あることに複雑な気持ちになりつつ、一番古いペットの墓が昭和7年建立であることにも驚きを隠す事ができなかった。一体どれだけセレブリティだったのだろう!!昭和初期ならば、当時は田舎のほうではまだ人間ですら土葬が主流な筈で、当時は字が読めない人も多かったことから、字が読めないことをいいことに、坊さんが酷い戒名を付けていたケースもあったらしいし。

2010年10月09日

アーバンライフ

午前中に自分の住まいを出て車で谷中霊園に向かう。
9月27日に岐阜県可児市の鳩吹苑という墓地にある平方家の墓から祖父母の遺骨を取り出し、その遺骨を東京都台東区の谷中霊園に埋葬するためだ。

祖父は広島市内で生まれ、戦前戦中は平壌に、戦後は警察官として長崎市内や佐世保から対馬、五島列島まで長崎県内のあちこちを転々とし、晩年は岐阜県可児市で過ごし、2002年の冬に亡くなったのだ。
それから、実質的には父親の年の離れた妹が墓を守ってきた(ということになっている)が、やはり長男である平方さんの父親が今後は守っていくのが筋だろうと言うことで、墓を東京に移すことにしたのだ。

弱い雨が降る中、13:30過ぎに霊園の敷地に入り、平方家の新しい墓を探す。
途中、ビアガーデンのテーブルの上に乗っかっているような大きな傘が立っている墓に遭遇。「うちもああいう風に傘を準備しておけば良かったね…。」みたいな会話をしつつ、その墓の前を通過して墓を探したが、その墓が平方家の新しい墓だった。
傘は墓石業者が気を利かせて用意してくれたものだったのだ。

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競争倍率が10倍近くと東京マラソン並みである都営霊園の抽選に見事当選したのも束の間。墓を建てるために、十六銀行やゆうちょ銀行で寝かせておいたはずの祖父の金子が足を生やしてどこかに逃げてしまって泡を食ったり、色々な事柄があやふやなままになってしまったりと紆余曲折はあったものの、無事に今日の日を迎えることができた…と思ったら、今まで小康状態だった雨が、開始直前の14:00過ぎに急に強くなり、ザーザー降りの中、両親、父親の兄夫婦、父親の妹とその娘小4、母親の兄、母親の姉、母親の姉の息子夫婦と二人の娘、平方さんの妹そして平方さんが見守る中、納骨、読経、焼香と、粛々と滞りなく事が進み、無事に移設を終える事ができたのだった。

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まさか祖父母自身も、自分が死してから、東京スカイツリーを望む小高い丘でアーバンライフを送る事になろうとは思いもしなかっただろう。ましてや徳川慶喜や鳩山一郎、森繁久彌、横山大観などと近所になることも。