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(ちょっとだけ)帰って来た元背番号3および21と偽背番号7

午前中に皮膚科に行って治療を受けた後、ダイエーとクリーニング屋(そう言えば、あの娘は最近見かけないな)に寄り、住まいに荷物を置いてから、西武ドームに向かう。
西武ドームに着くと、そこにいたのはかつてのライオンズの選手である清原和博氏と、高校時代は甲子園でKKコンビの勢いを封じ込めたあと、社会人野球NTT四国を経てライオンズに入団し、秋山幸二と共にホークスへ移籍し、そして出戻って来た渡辺智男氏だった。
久々に見る、ライオンズの旧ユニフォーム(当時はデサント製で、今はナイキ製という違いはあるが)姿の彼を見て、ルーキーイヤーの時、今は駐車場になってしまった西武第三球場で、小学生だった平方さんが彼と握手をした時の記憶が蘇る。
屋根が無かった西武ライオンズ球場。当時のフィールドはまだ国際野球規格を満たしていなかった筈だが、今の西武ドームよりも遥かに大きく見え、その大きなフィールドで、ゲームの重要なシーンで、ライトスタンドやレフトスタンドに硬球を放り込む姿に、子供だった平方さんはただただ感嘆するしか無かったのである。
だから、言うまでもなく、平方さんにおける清原和博のイメージは、決して毎週のようにFRIDAYに写真を撮られては、同誌にいい加減な関西弁の解説文を添えられていたジャイアンツ時代でもなければ、ましてや毎試合ごとにアウトカウントを1つ増やしてはそそくさと退散していたバファローズ時代のものでもなく、白地に青・赤・緑のアクセントが入ったあのユニフォーム姿なのだ。

肝心のゲームは9回まで緊迫した投手戦。9回の裏、DH上本達之(埼玉りそな銀行で何かがあった人)のサヨナラ内野安打で1-0と辛勝。

ゲームが終わり、フィールドに降りてセンターの守備位置付近に腰をおろし、スコアボードに映し出された『がんばれ!!タブチくん』を観る。

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ふと、前方に目をやると、松井稼頭央のコスプレをした男が、たくさんの子どもたちに囲まれて突っつかれたり、背中に乗っかったりしており、挙句の果てに、子どもたちは偽松井にサインを求める始末。念のため言っておくけど、今頃本物は埼玉県所沢市ではなく、テキサス州ヒューストンにいるのだぞ。って言うか、十数年後、サインを貰った子どもたちが、偶然押し入れの中から偽松井のサインが入ったベースボールキャップを見て、何とも言えない気持ちになる様子を是非とも見届けたいと、心根の捻じくれ曲がった平方さんは一瞬だけ思うのでした。

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