21時台に言っていた事が事実であるならば、嬉しいし、ありがたい話だ。平方です。
外に出て、色々な人と会い、何かをすると、必ずと言っていいほど凹む時と言うのは存在する。その瞬間は、大きく分けて自身の愚かさに自ら気付いて凹む時もあれば、思わぬところで誰かから何かを指摘され、良かれと思って行なった事が仇になって凹む場合の二通りであるが、どちらにしても、それをきっかけとして流砂(るさ)の如く、あらゆるものが一気に崩壊し、取り返しの付かない事態にまでいってしまい、終には身動きが取れなくなって、洪水に巻き込まれたり、衰弱化して死んでしまう危険性をはらんでいる。
そう言う時こそ、早めに自分の住まいに戻り、洗顔と歯磨きだけを行なって、ひたすら眠り、余計な情報や記憶を削ぎ落とし、朝はいつもよりも早く起きてシャワーを浴び、自らの交感神経を刺激しながら、
『おれは何だって出来る!!たとえどんなに難しい問題でも瞬く間に解決し、ひたすら前へ進み、誰も行く事が出来なかった領域に辿り着く事が出来る!!その動きは最早誰にも止められる事は出来ないのだ!! 出来る!!出来る!!出来る!! I can do it!! do it!! do it!!』
と、空気の入れ替えの為に部屋の窓が開いている事も忘れて声高に叫ぶのだ。そして、外に出て、電車に乗ったり、歩いたりしている時も、『出来る!!』『やる!!』などと念じ続ける(ここでは単に、『出来る!!』『やる!!』と念じるだけで、何が『出来る』のかとか、何を『やる』のかはあまり関係無い)。すると不思議な事に、100%そうなるとは言わないまでも、少なくとも、流砂に巻き込まれた自分自身の足があっさり抜けるようになったり、下手したら、抱えていた事が一気に解決に向かうことすらあったりするのだ。
今までの自分は、理想と現実との乖離に気付かされた時は、そのしょんぼり感にずるずる引きづり込まれて、余計に悪い方向へと流されていったものだが、今の自分はなるべく、「理想とする自分だったら、この時、何をするのだろう?」と考え、なるべくそれを実行しようとしている。いや、現実に出来ないにしても、実行する「真似」だけでも行なっている。「真似」することにどんな意味があるのか?それは、最初は「真似」であったとしても、それを続ければやがて、「本物」になってしまうからやっているのだ。
埼玉西武ライオンズおよび日本代表のG.G.佐藤は、メジャーを夢見て渡米したものの、1A止まりで夢敗れ、帰国して拾ってもらったライオンズの二軍でくすぶっていた時から、自分のiPodに自らを褒め称え、鼓舞するメッセージを吹き込んだMP3ファイルを入れ、日頃から聴いていたらしいが、それを行ない、自らを鼓舞し続けたからこそ、今の四番打者という地位と、日本代表に選ばれる実力を手に入れたのだろう。
勿論練習や、イースタンリーグでの試合経験を積むのも大事だが、同じ練習や試合でも、「シーズンオフに自由契約を通告されたらどうしよう」と怯えながらプレイするのと、「おれはまだまだ進化する。て言うか、もともと一軍に入る力を既に持っている。少しでも一軍に近付けるよう、そして一軍に入ったらレギュラーを奪い取ろう」と思いながらプレイするのとでは、全然違うのだろうし。