結局昨日深夜から朝まで寝ないで平方直樹オフィシャルウェブ(大げさな言い方だな)の更新をしてしまった。amazon.co.jpのサイトを借用したブックレビューとGoogle Mapsを借用した外部リンクを一気に作り上げる。
それはともかく。
基本的にこのブログは野球以外で世間の出来事とシンクロする事はあまり無いのだが、いじめが原因で中2男子(『男子』という言葉も久々に使うなぁ…)が納屋でハンギングをしてからと言うものの、まるで一斉に崖からダイヴするたびねずみ(ウォルト・ディズニー制作の実写ドキュメンタリー映画『白い荒野』より抜粋)や、一定数増えると自らcis-DSEという毒物を分泌して繁殖を抑制するセイタカアワダチソウの如く中高生がどんどん死んでいる状況で、TVの討論番組であったり、ニュースキャスター達が『死ぬな』とか『自殺するな』などと言っているのを電波を通じて観てふと思ったことなのだが、結果から言えば、いじめる側もいじめられる側も、下手すりゃ取り巻きの親や教師たちの『想像力』が物凄く乏しいような気がしてならないのだ。
いじめる側の論理としては、『自分の近くにいる、自分自身が忌み嫌う部分を持っている他人』。例えば、汚い、太っている、オタクである、(自分にとって)虫酸の走る発言や行動を取るからいじめるという部分があるのだろうけど(ネイサンズのアルバイトブログ事件もその例の一つだろう)、先ず、どんなに汚かろうと虫酸が走ろうと、その相手を攻撃して良いと言う理由にはならないと言う事だ。
相手を徹底的に攻撃し、排除することによって安定を図ろうとする方法しか思い付かず、いじめられる側もしくはその予備軍と一体どうすれば共存出来るかとい『想像力』が乏しいし、想像出来なくても周りの大人が共存共栄させるためのヒントを子供たちに与えなければならないのだ。共存共栄の方法を知らないまま彼等が大人になった時、世の中がどうなるのかと思うとちょっと怖かったりする。『いじめにいじめ抜いたらこの先いじめられた奴は一体どうなるのか?』という想像力が無いように思えて仕方が無い。
平方さんが経験した範囲でしか言えないが、大人になれば少なくとも子供のようないじめをする人はかなり激減する(パワーハラスメントみたいなケースはあるだろうが)。主な理由としては、一つは大人になるにつれて『いじめは無益』である事に気付くのと、『いじめられても仕方の無い奴』は既に一般社会から淘汰されており、そもそもいじめる対象がいなくなるかのどちらかである様に思える。現に平方さんは社会に出てかなりの時が流れているが、昔の自分だったらほぼ間違いなくド頭カチ割りたくなる様な奴は平方さんから手を出さなくても勝手に自滅してしまうのだ。平方さんはそんな人間を何人も見て来た。そして自分がそうならない様に自戒を込めて日々生きている。
子供のいじめに遭遇した大人も『想像力』が乏しい。自分が小中学生だった約二十年前、大人はいじめられた子供に対し、『いじめられる方が悪い』『強くなれ』『負けるな』と言うだけで、何をどうすれば良いのかというアドバイスは皆無だった。自分が悪くて直せる所があるならとっくに直しているし(不潔なら清潔にするとか)、そう簡単に強くなれないから困っている(一日二日で強くなる程単純ではない)。あと、いじめは勝負の場ではない。いじめには勝者はいない。いるのは敗者だけである。そう言えば学級会で第三者(大体真面目なタイプの女子が相場だが)がいじめを告発しても、当事者同士を握手させるだけで根本的な解決策は何一つ成されなかった事を覚えている。むしろ、チクッた事を逆恨みされ、傷口が広がると言うオチが付く危険もあるのだ。だから先述の話と少しかぶるが、『行き着いた先に何が起きるのか?』『何故いじめはいけないのか?』という根本的なところを一緒に考える事から始めていかないといつまでも解決しないと思う。
いじめられ、死んでいく子供も『想像力』が乏しい。変な義務感に苛まれて学校に行くものの、修行僧のようにいじめに耐える日々。リミットを越えた瞬間、学校からエスケープするか死ぬかという選択肢しか思い付かなくなるのだ。エスケープならまだいい。最低限の居場所が確保出来るから。大人が真意を汲み取らず、家にも居る事が出来なくなると、選択肢には『死』しか無くなってしまうのだ。バカみたいだと思うかもしれない。しかし人は異常なまでに追い詰められると、正常な判断能力を奪われてしまうのだ。かと言って本当はこんな事で死ぬのは厭な訳で、だから『死』のワンステップ前に、文部科学大臣宛に自殺予告の手紙を送り、リアクションを確認するという最後の望みを託したのだろう。コメンテーターによっては『子供らしからぬ大人びた文章』と言う人もいるが、平方さんに言わせれば、自殺予告の『証明書』を発行したり、私製の『内容証明』の内容があまりにも幼稚すぎると思った。平方さんに言わせれば、自殺予告にしては詰めが甘すぎるのだ。
それじゃあどうすればいいか?あくまで一例であるが、ここでいくつかのアドバイスをさせて頂く。
いじめられている現場をビデオカメラや音声で押さえる。
→テープの方が証拠能力は高いが、コンパクトなICレコーダーでも可
日記を付ける。
→長期間記された日記は裁判でも証拠として扱われるし、自分が受けた行為がどんな法律・法令に反する行為かを調べておく。
ある程度証拠が溜まって来たら、『本当の意味の内容証明郵便』で第一のミサイルを相手に発射する。素人であれば内容証明郵便で結構ビビるのでそれなりの効果があるが、それでも応じない場合は第二、第三のミサイル(それは言うまでも無いでしょ。ヒントとしては、今の警察は昔と違って学校内の刑事事件に介入するぞ。)を撃ち込むまでである。
自分達で行なうのが不安であれば行政書士や弁護士を使うのも良いだろう。知り合いにいなければ、都道府県の行政書士会や弁護士会を尋ね、それに合った人を紹介するのが良いだろう。行政書士や弁護士によって得手不得手があるので(中には一度も法廷に立った事が無い弁護士もいるのだ)、一見さんがいきなり事務所に行く事はあまりお勧めできない。
上記の事はあくまで一例に過ぎないが、『今、自分が望んでいる事は何か?』からスタートし、その為にはどうすれば良いか?という事を突き詰めていけば、上記以外にも自分でも出来ることや道が見つかる筈です。だから、自分を諦めないで欲しい。と思う。それから、人に何を言われようと、一度闘い始めたら最後まで諦めずに途中で手打ちや妥協はしないで欲しい。妥協で得られるものは、あまりに少ない。
うわっ、長げぇし真面目になりすぎたな。いつの間にかアジアシリーズ終わってるし。